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坂上忍さんの家族構成-「壮絶な子供時代」とは一体何があったのか

坂上忍さんと言えば大人気のタレントさんですが、今の彼を形作っているのはやはり子供時代でしょう。

その壮絶な子供時代を知るとまた坂上忍さんの見方が変わるかも?
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まずは、簡単に本人と家族プロフィールから

 坂上忍さんプロフィールとその家族構成

坂上忍プロフィール

生年月日:1967年6月1日(2018年2月現在で50歳
出生地 :東京都杉並区
身長  :169 cm
血液型 :AB型
職業  :俳優、演出家、タレント、司会者、コメンテーター、映画監督、歌手
活動期間:1970年 -

坂上忍さんの幼いころの家族構成は・・・

父親(坂上精一郎、本名は勝也)と母親、そして兄(坂上也寸志、現在は映画プロデューサー)と本人の4人家族。祖母がいらっしゃいましたが坂上忍さんが2歳の頃に亡くなっておられます。

おばあちゃん子だった坂上さん、その祖母の死はかなり強烈だったようです。

坂上忍さんの家族構成-壮絶な子役時代

yamatotakada.c.blog.so-net.ne.jp

祖母の死からすっかりふさぎ込むようになってしまった坂上忍さん。

そんな彼に友達でも作れば立ち直るのではと、ちょうどすぐ近く5分ほど歩いたところにあった劇団に入れられることになります。

まだ坂上忍さんが若干3歳の時の話なんです。しかし、これが彼の芸能人生の始まりとなりました。

才能が開花して、子役としてどんどん道が開けていきます。

5歳の時には「下町かあさん」や「ありがとう」といったドラマに出演するようになっていきます。

7歳で「傷だらけの天使」や「座頭市物語」、8歳の時には山口百恵さん主演の「赤い疑惑」で白血病役を見事演じます。

ついに11歳の時に主役を!「ふしぎ犬トントン」で犬の姿をした宇宙人と少年の交流を描くファンタジックドラマです。

ふしぎ犬トントン

坂上忍さんの家族構成-父親はどんな人

坂上忍さんの父、坂上勝也さんはもともと福岡県大牟田出身。高校時代に知人の女性と心中未遂をおこし退学しています。

太宰治が好きで小説家になりたかったものの願いかなわず、上京して出版社に勤務します。そのころに坂上忍さんの母親と出会うのです。

勝也さんは副業で不動産業を行なってもおられたようです。こちらが大当たりし、その資金を元手に出版社を立ち上げることに。

しかし、雑誌は売れず結局膨大な額の借金を作ってしまった(理由はこれだけではないですが)のです。

父親の変化

当初は優しくて良い父親でした。坂上忍さん自身も家族旅行に連れて行ってくれたり、釣りに行ったりと良い思い出が沢山あったようです。

しかし、経営がうまくいかなくなってきた頃を境にイライラした面が目立ち、そのストレスは常に坂上忍さんに向けられました。

きっと、成功している息子が妬ましかったのでしょう。

やがて、父親の勝也さんはギャンブルにのめり込むようになります。資金は坂上忍さんのギャラに手を付けるということにまで・・・

父親のストレスは、浮気、泥酔、挙句の果てには母親へのDVと発展。自らの借金に加え、友人の借金の保証人になったりした結果、経営していた出版社も当然のごとく倒産。その借金の額は先に述べた通りの・・・

1億円にふくれあがっていたのです

 

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坂上忍さんの家族構成-十代の決別

出典:ex-img.com

坂上忍さんが15歳の時の話です。両親が離婚に至りますが、坂上忍さん本人曰く

「僕が中学卒業と同時に、子供から頼んで、離婚してもらった」

という事。こうして父親と決別していくのです。

悲しい事に、父親が家を出ていっても、借金が消えることはありませんでした。借金は坂上忍さんのギャラを担保にしており、母親もいつの間にか連帯保証人だったのです。

毎日のようにやって来る借金取り・・・どんなにつらかったでしょうね。

本当は坂上忍さんは中学生になったら子役の仕事をやめる予定だったのです。しかし、この状況ですから働かざるを得なくなりましたし、母親も3つもの仕事を掛け持ちしてお金を工面したのです。

中学校は仕事のため休みがちに・・・しかも、有名子役というだけで学校では注目を浴びてしまいます。しかし良い方にではなくいじめという方向でした。酷い仕打ちが続いたので坂上忍さん自身100回以上自殺を考えたようです。

全ては父親が悪い訳ですが、その恨みをエネルギーにして頑張ってきたのだそう。

高校は東海大学付属高輪台高等学校に入学。しかし、入学式初日に体育館で取っ組み合いのけんかとなり、そのまま自主的に退学します。

若い時から波乱万丈だったのです。

 坂上忍さんの家族構成-父の死

子役で大成してしまった坂上忍さん。なかなか子役のイメージから脱却できません。また性格的にもはっきりしているため生意気だという評判が業界でも立ってしまいます。

それらを払拭したのが21歳の時の映画「クレイジーボーイズ」だったのです。これはまさに自分の嫌っていたヤクザ役!子役イメージをぬぐい、性格も生意気ぐらいがちょうど良かったとも・・・

そこからは仕事も順調に入り、25歳当時には父親の借金をすべて返したというのですから驚きです。

しかし、不思議なもので謝金を返済してしまうと今度は労働意欲が湧かなくなってしまいました。

そこでなぜかギャンブルにハマりだすのです。あれだけ父の姿を反面教師にしてきたのにです。本人曰く・・・

父親の血を継いだ

という事です。

 

今もこれは続いており、競馬、ボート、麻雀問わず大好き。しかも、年末にはその年に稼いだギャラの残りをすべてボートレースにつぎ込むというのですから!

それを20年つづけてきたんだとか!

総計では勝ったのが1億円負けたのが3億円とのこと。こうしないと翌年の労働意欲が湧かないんだそうで・・・

2012年に父親が亡くなる

父親はやがて小説家としてデビューします。デビューの握手会に呼ばれた坂上忍さん。しぶしぶ行ってみますが、父親からの謝罪もなく、再び怒りがこみ上げ断絶状態に進みます。

その決別していた父親が2012年に亡くなりました。坂上忍さんは迷いに迷ったものの葬儀には行きませんでした。

ですが、坂上忍さん自身は自らをファザコンと呼んでおり、幼いころの父親の思い出を大切にしておられるのです。

後に「徹子の部屋」に出演した際に、父親の葬儀に出席しなかったことを大変悔やんで謝りたいと男泣き

父親の許しがたい面もあれば、愛情も感じていたのですね。

そんな家族構成を経て今の坂上忍さんがあるのです。

坂上忍さんの家族構成のまとめ

なかなか壮絶な子供時代を過ごされたのですね。

普通ならちょっと我慢できなかったでしょう。人生の甘い部分も辛い部分も早くから味わっておられたのです。

だからこそ、今の坂上忍があるのですね。あの毒舌も単に口から出まかせでなく、さまざまな実体験から出ていると思えば味わい深いものがあります。

これからもますます活躍が期待されるところでしょう。

管理人トッケイ

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